「老害、おばさん、年だから」使ってると危険?エイジハラスメントのリアルな判断基準を専門家が解説

昨今話題になることも多い〇〇ハラスメント。年齢に関するハラスメントを指す「エイジハラスメント」はそのひとつです。2015年にはこれをテーマにした『エイジハラスメント(テレビ朝日/2015年7月期)』というドラマも放映されました。

例えば「老害」という言葉。これに代表されるように、高齢者を揶揄したり邪険に扱ったりする言葉、発言は多く見られます。悪意が多分に含まれる「老害」という言葉はもちろん使うべきではありません。一方で、ほかの年齢にまつわる言葉として「おじさん」「おばさん」があります。これらは年を取った人に対してだけでなく、叔父叔母などに対して親族間でも使われる言葉です。こうした背景から、職場や日常で無意識に使っている方もいるのではないでしょうか。

ハラスメントが問題視される中、「おじさん」、「おばさん」といった言葉を使っていて、本当に大丈夫なのか。そもそもハラスメントは法律的にどのように扱われているのか。そんな「エイジハラスメント」にまつわる素朴な疑問を、労働法を専門とする弁護士の倉重公太朗さんにぶつけてみました。

プロフィール

倉重公太朗さん
KKM法律事務所代表弁護士
経営者側に立った労働法の専門家としてのみならず、新時代の雇用のためのコンサルティングも手がけるニュータイプの弁護士。YouTubeの投稿など情報発信にも積極的に行う。『週刊東洋経済 2022年11月5日号』に掲載の「弁護士ドットコム」のアンケート調査では、「法務部門が選ぶ弁護士ランキング 人事・労務部門」にて第一位に選ばれている。

エイジハラスメントの定義は現状ない

えなり
今回のテーマ「エイジハラスメント」をはじめ、「アルハラ」(※1)「モラハラ(※2)」など「〇〇ハラ」という言葉を聞く機会がここ数年で増えた気がします。  日本社会全体でハラスメント意識が高まったことで、関連する言葉が使われるようになったように思うのですが、実際倉重先生の事務所でもハラスメントにまつわる相談件数は増えていますか?

倉重
確実に増加していますね。仰るように、ハラスメントへの意識自体がここ数年で格段に上がってきています。大きな理由は2020年に成立した「パワハラ防止法(※3)」の成立でしょう。「パワハラ(※4)」はよく耳にする言葉かと思いますが、実は法律ができたのは結構最近なんです。
えなり
2020年。かなり最近ですね……!パワハラに関する法律ができるまでは、ハラスメント全体に対する法律は何も定められていなかったんですか?
倉重
これまでは、あらゆるハラスメントの中で、「セクハラ(※5)」や「マタハラ(※6)」のみが法律で定められていました。しかし昨今パワハラ問題の急激な増加を受けて、パワハラについても法律で定められ、何がパワハラに当たるのか、等が定義として確立したんです。ただ、現在においても、ハラスメント全般についての法律や定めは特にないんですよ。

えなり
驚きです。てっきりハラスメント自体に何かの定めや罰則があるのかと思っていました。
倉重
ありません。現状、日本社会におけるハラスメントとして「定義」が確立しているのはセクハラ、マタハラ、パワハラの3つだけです。
えなり
ということは、最近生まれた言葉であるエイジハラスメントだけでなく、アルハラ、モラハラも明確に定義が決まっていない……?
倉重
はい。日常会話の中で広く共有されている概念的な定義は存在しても、正式な法律の定めはありません。
えなり
では、誰かにエイジハラスメントをしても法律上問題ないということになってしまうのでしょうか。
倉重
いいえ、問題になります。その際には、民法の不法行為など他の広範囲を対象にした法律に基づいて裁かれることになります。
えなり
民法に基づいて裁かれるのですね。では、エイジハラスメントや年齢に関係するような案件を担当されたことはありますか?
倉重
エイジハラスメント単体ではありませんが、「使えないおじさん、おばさん」といった文脈ではセクハラやパワハラの要素も入ったご相談は実際にあります。懲戒処分となったケースもありました。
えなり
懲戒処分……!「使えない」とまで言うことはなくとも「おじさん」「おばさん」はよく使う言葉なので少し驚きました。よく使われている言葉でも、相手を傷つけていないかきちんと考えるようにしたいですね。



どこからNG?ハラスメントの境界線を聞く

ケース①社内で「あの人、老害だよね」とこそこそ話すのは?

えなり
ここからはいくつかの具体例を用いながら、ハラスメントとなる基準を教えていただきたいです。早速ひとつ目ですが、「その場にいない人を指して『あの人老害だよね』と社内で話す」のはハラスメントにあたるのでしょうか?

倉重
なってもおかしくないですね。今回はパワハラではないですが、パワハラと同じように考えてみます。パワハラを法的に判断する際のポイントとして、「原則、必要性と相当性を考慮して判断する」ということがあります。
えなり
必要性と相当性……。もう少し詳しく教えてください。
倉重
はい。その場面で「必要な言動なのか」=必要性、そして「行きすぎた言動ではないか」=相当性という観点ですね。そうすると、今回でいえば必要性の観点で、その人が老害だと話す必要はないですよね。これは駄目だと言われてもおかしくはないと思います。

えなり
理解できました。少し飛ぶのですがセクハラでも、必要性と相当性が鍵になるのでしょうか。
倉重
セクハラの場合はそもそも、一般的には業務において性に関わる発言をする必要性がまったくないですよね。なので、何が「セクハラ」なのかわかりやすいんです。一方でパワハラの場合は、それに比べると線引きが難しい。
えなり
たしかに、業務上必要な叱責や注意というのもありますよね。
倉重
そうなんです。だからこそ、業務に必要な言動とパワハラに該当する言動の境界線を決める必要があるんです。ちょっとした注意や指導すらもパワハラだと言われると業務が立ち行きません。そのため、必要性と相当性という基準を用いて、業務上認められる範囲を逸脱していないかを判断しています。
えなり
業務上の行いとして正当かどうかが重要になってくるんですね。
倉重
はい。でもこの話をすると「冗談や軽口も言えなくなるじゃないか」と言う方もいます。もちろん人を傷つけない冗談なら問題ありません。大前提として、「人が傷ついていること」がハラスメントとして問題視される条件でもあります。人が傷ついていないのに、「必要性と相当性がなければ全てダメだ」と統制しようとしているわけではないんです。

えなり
ただ、「老害」は人を傷つける言葉であるとはいえ「他の人について社内で話している」今回のケースでは、その言葉を向けられている本人の耳に入らない可能性があります。それでも問題になるのでしょうか。

倉重
今回のケースではたしかに、「老害」という言葉の直接的な対象者はそこにいません。ただ、近しい年齢の人はいるかもしれませんよね。その人が「自分のことも裏で言われてるのかも」と人知れず傷つく可能性があります。その意味で問題になるかもしれない、ということです。
えなり
それはそうですね……。
倉重
一般論になりますが、ハラスメントに該当するかはさておき、誰かを傷つける言葉は基本的にはよくないですね。この「傷つける」の定義は難しいところですが、法的には「一般人から見て傷つく言葉か」「ほとんどの人がこれは駄目だと思うか」が判断基準になるかと思います。
えなり
ここまでのことをまとめると、今回のケースでは「老害」という言葉は人を傷つけるものであるし、業務上発する必要がないので、NGということでしょうか?

倉重
そうなりますね。そして、これは法律論よりも組織論的な話ですが、こうして人を傷つける発言そのものがない組織の雰囲気にしていった方が、会社の雰囲気も良くなるのではないでしょうか。社内の行動規範やガイドラインに「人を傷つける言動をしないこと」を定めている会社も多くありますし、その場合はそれに抵触する可能性もありますよね。
えなり
シンプルに、社員もそんなことを言う人がいる職場で働きたくないですもんね。

ケース②仲良しの同期同士で「私たちもうおばさんだよね〜」と話すのは?

えなり
では次に。同期同士で「もう私たちおばさんだよね〜」といった年齢に絡んだ話をする場面もよく見られる気がします。これも周囲が不快に思うといった文脈で考えると、よくないのでしょうか?
倉重
これは過去に「セクハラ」版の実例があるんです。飲み会かなにかで下ネタを話していて、話している人同士は仲良くてまったく嫌がっていないものの隣で聞いている人が不快な思いをしたというものです。

えなり
隣で聞いている人が不快…そのケースではどうなったんですか?
倉重
このケースでは、懲戒処分が下されました。それを踏まえると、「おじさん」「おばさん」の場合も同じことが言えるのではないでしょうか。ちなみにこうした当人同士では問題なくとも、周囲の人が不快になる環境を作ってしまっているものを、「環境型ハラスメント」と言います。

えなり
懲戒処分……!「環境型ハラスメント」、はじめて知りました。目の前の相手だけでなく、周囲がどう受け取ったかも判断軸になるんですね。

ケース③「もう歳だから無理しないで」は?

えなり
悪意のあるなしに関係なく、傷ついたり不快になったりすることがポイントなのかなと感じました。ここまでの流れからすると、たとえば「もう歳だから無理しなくていいですよ」といった年配の人への声かけもNGになりそうだと思ったのですが、こちらはいかがでしょうか。

倉重
無理をさせまいとする気持ち自体はいいんですが、「歳だから」と言う必要はないですよね。たとえば「女だから〇〇しろ」「男だから〇〇しろ」といった考えは性別役割分担意識と呼ばれていて、ハラスメントそのものでないとしても、ハラスメントの誘因にはなっていると言われています。

えなり
いわば、ハラスメントの種のようなものなんですね。
倉重
そこから派生して考えると、「もう歳なんだから」も、“年齢役割分担意識”となって年齢差別を生みかねないわけです。

えなり
なるほど、分かりやすいです。
倉重
それに実際に、若くても力のない人もいるし、すごく鍛えている60歳もいるじゃないですか。年齢や性別で一括りにするのではなく、一人ひとりの個性を見てコミュニケーションを取っていくことが大事なのかなと考えています。

他者の心を想像することが肝心

えなり
ここまで個別の事例についてお尋ねしてきましたが、どんな事象にも共通して言えるハラスメントになる言動とそうでないもののボーダーラインがあれば教えてください。

倉重
大きなポイントとなるのは先ほどもお伝えした必要性と相当性です。この二つの観点で判断するのが基本になります。だから必要性が極めて高い場合には言葉そのものは駄目だったとしてもハラスメントにはなりません。
えなり
具体的にはどんなケースでしょうか。

倉重
たとえば、工場や建設現場で重いものが落ちてきそうだとします。そんな時に「おい!おっさん!どけ!!」と言うのは極めて必要性が高いので問題にならない可能性が高いでしょう。一方でホワイトカラーの仕事で注意する際に、「おっさん」と言うのは不適切だと判断されます。
えなり
それはたしかに納得できます。

倉重
このように例外的な場合には、周りの労働者から見て不適当だと感じるかどうかが基準になってきます。一方で、これからは今以上にいろいろな属性・価値観の人々が一緒に働く世の中になっていくでしょう。そんな社会で働く私たちには、自分と違う属性の人たちがどう感じるのか、そういう想像力が求められるようになるのではないでしょうか。

えなり
自分が良くても他の人が同じように考えているかはわからないですもんね……。とはいえ、想像力にも個人差があるように感じます。想像力が高いとは言えない人が想像力を身につけるにはどうすればよいのでしょうか?

倉重
実は、ハラスメントに関する想像力を高めるための研修もよく行っているんです。
えなり
そうなんですね!どんなことをされているんですか?

倉重
社内で問題や相談があった事例を使って、ちょっとしたディベートをしていただきます。そこではあえて属性が違う人を同じグループにしています。すると「これは駄目じゃないですか?」「え、別によくないですか?」と意見が大抵分かれるんです。
えなり
なるほど、面白いですね。

倉重
こうした体験を通じて、机を並べて働いている仲間であったとしても、意見はそれぞれ違うことに自分自身で気付いてもらうことを目的としています。
えなり
法的な正しさを教えるよりも、一人ひとりの気づきを大事にされているんですね。

倉重
ディベートのテーマにできる具体例は、意外と会社のなかにたくさん転がっています。それを用いて研修を作って自分と違う意見に触れる機会を増やしていくことで、想像力を養っていけると考えています。

おじさん叩かれすぎ問題

えなり
ちなみに、将来的にエイジハラスメントが法律で定義される可能性はあるのでしょうか?

倉重
まず前提として「差別」はハラスメントより重いもので、先んじて法的に定義はされています。具体的には労働基準法において年齢での差別は禁止されています。ただ一方で、現実は、禁止されているから起きていないかというと、そういうわけではありません。たとえば募集要項に「40歳未満の人」などと書いてあるチラシを見たことある方も多いと思いますが、あれも本当は駄目なんです。
えなり
たしかに私も見たことがあります……。法が形骸化してしまっているんですね。

倉重
はい。差別として規制されているが、社会の意識が追いついていない状態ですね。一方で、以前より社会問題として取り上げられていた「セクハラ」や「パワハラ」は社会の意識の高まりに合わせて、法的にもハラスメントと定義されるようになってきたという経緯があります。そのため、これから意識が高まっていけば当然エイジハラスメントも定義されることはあるかと思います。
えなり
社会の動きに合わせて、法も変わってきたんですね。

倉重
そうなんです。具体例を挙げると、2016年に厚生労働省が男女雇用機会均等法の解釈を改正し、LGBTに不快感を与える言動も「セクハラ」として定義されました。このように行政が動けば、新たな規制枠組みができる可能性は十分にあると考えます。
えなり
では、5年後とかにでもエイジハラスメントが法的に定義されることもありそうですね。

倉重
いや、それは多分ないですね。
えなり
……!それはなぜでしょうか……?
倉重
セクハラの場合も、社会で問題になり始めて法ができて施行されるまでに30年程度かかっているんですよね。やはり社会は時間をかけて変わっていくもの、そして法制度になっていくので、長い目で見ていく必要があると思います。
えなり
30年……!少しずつ地道に社会を変えていかないといけないんですね。

倉重
一方で現在すでに労働人口は不足していて、これから少子化でそれはさらに加速しています。だからこそ国としても、年齢や性別問わず多くの人に労働参加してもらえるような社会を目指しているわけですし、現状を変えようという方向性ではあると思います。
えなり
なるほど。そうした国としての動きがある一方で、SNSではおじさんがよく叩かれていたり、それこそ「老害」という言葉が飛び交っていたりします。そして年々ひどくなっている気も……。

倉重
特にSNS上だと、おじさんに対して不満を持っている人が多いですよね。それは「働かないおじさん」という言葉にも現れているように、処遇とパフォーマンスが見合ってないケースが散見されるからだと思います。
えなり
年功序列制度の弊害なのかもしれませんね。

倉重
「働かない」以外にも、Zoomの設定も1人でできない、PCも新しく変わるとどうしたらいいかわからない、そんなおじさんたちに若い人は翻弄されています。それなのに処遇はおじさんの方が圧倒的に良い。そうした事象に対する不満が噴出している結果ではないでしょうか。
えなり
その不満は正直理解できる気はします。

倉重
ただ、日本型雇用も変革期を迎えていて、勤続年数や年齢ではなく発揮したパフォーマンスによって賃金を決める世の中になりつつあります。そうするとおじさんに不満を持つ人も減って、おじさんを叩く現象は減っていくのかなと考えています。
えなり
パフォーマンスで判断する方が、公平性も高いように感じます。

倉重
年齢で一括りにしようとする発想自体、ビジネスの場においてはいいものとは言えませんよね。若い人は若い人で、「あなたたちは若いから」と括られるのは嫌だと思いますし、年齢や属性にこだわらず一人ひとりをしっかり見ていくことが重要ではないでしょうか。
えなり
私自身も気をつけたいですし、年齢や属性で判断されない社会が早く実現することを願うばかりです。

倉重
少しでも、さらに良い方向に変わっていくといいですよね。できるかどうかは別ですが、日本全体としてもそういった方向性を目指していると思います。

倉重公太朗さんへのインタビューの前編となる本記事では、エイジハラスメントを中心とするハラスメント問題の考え方とこれからの行方をお聞きしました。後編では、年齢にとらわれない社会を実現するにあたっての、日本の雇用システムにまつわる問題についてお話いただいています。


※1 アルコールハラスメント。飲酒に関連した嫌がらせや迷惑行為のこと。部下や後輩に無理やりお酒を勧めることや酔った上での暴言や暴力などが挙げられる。

※2 モラルハラスメント。倫理や道徳に反する精神的な暴力や、言葉や態度による嫌がらせのこと。

※3 正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律。略称:労働施策総合推進法。2019年5月成立。2020年6月大企業を対象に施行。2022年4月より中小企業にも適用された。

※4 パワーハラスメント。立場や権力などの優位性を利用したいじめや嫌がらせを指す。

※5 セクシュアルハラスメント。性的嫌がらせ。相手の性的な言動によって、不利益を受けたり労働環境が害されたりすることを指す。

※6 マタニティハラスメント。妊娠・出産・育児休業等にまつわるハラスメントを指す。

KKM法律事務所
企業労働法対応を得意とする弁護士が集結し、2018年10月に設立。
働き方改革対応の制度設計・人事制度のコンサルティング、労働審判・団体交渉・労基署・労災、ハラスメント、残業代請求の対応などを取り扱う。

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執筆者
エイジレスメディア編集部
エイジレス社会の専門誌として、すべての人が何歳でも豊かな暮らしを紡げるよう有益な情報を発信していきます。主に、エイジレスなビジョンを体現している人物や組織へのインタビュー記事を執筆しています。