「新規事業にはダイバーシティが必要だ」元博報堂常務が語る多様性の本質的価値

性別や年齢などに関係なく多様な人材が活躍できるようにする考え方「ダイバーシティ&インクルージョン」に世間から多くの関心が寄せられています。しかし、実際に”異質”な人材を受け入れると組織はどのような変化を起こすのでしょうか。
今回は20代中心のベンチャー企業「株式会社サイカ」へ、唯一の60代としてジョインした元博報堂常務執行役員の三神正樹さんにご自身の経験談や多様性に対する考えをお聞きしました。

プロフィール

三神正樹さん
株式会社サイカ
執行役員 SVP of Product Strategy
1982年博報堂入社。IT部門、事業・プロモーション領域を経て、96年日本の広告会社初のインターネット専任組織「博報堂電脳体」設立に関与。以降、統合マーケティングやデータドリブンマーケティング等を実践、デジタル分野を牽引。2010年博報堂執行役員。11年博報堂DYメディアパートナーズi-メディア領域担当執行役員。16年博報堂、博報堂DYメディアパートナーズ常務執行役員兼任。18年博報堂DYメディアパートナーズ常務執行役員、CISO兼イノベーションセンター担当。「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」にて13年メディアライオン、16年イノベーション部門の審査員を務める。

大企業の常務が、突然おじさん・おばさんゼロの会社にジョイン

西河
早速ですが、サイカにジョインする前はあまり若手がいない環境にいたのですか?
三神
博報堂は長年新卒社員を一定数採用しているので、様々な年齢層の社員がいました。ただ、日本の歴史のある大手企業社員の平均年齢って40歳を超えているんですよ。なので、歴史のある大手企業で若い人はマイノリティというのが事実だと思いますね。

西河
そうですよね。大手企業だとそのくらいの年齢の方が多い印象があります。
サイカの皆さんは、だいたいおいくつくらいなのですか?

三神
ほとんど中途社員なので、20代後半〜30代前半が多いですね。正社員で僕のような60代のおじさんはいないです。そんな中にぽんっと入りました。私からするとみんな本当に若いですよ。(笑)
西河
それは環境がだいぶ変わりましたね。戸惑いはありましたか?
三神
僕はこの状況を楽しんでいて、戸惑いは特にないです。でも違いは物凄く感じるわけですよ。こう言っちゃなんだけど、私は40年間おじさん・おばさんしかいない環境で育ってきたので。(笑)
話題が全く違うだろうなというのは想像していたけれど、言葉の解釈自体が異なる事も多いんです。東京オリンピックと言ったら私は1964年のオリンピックがまず出てくるけど、皆は2〜3年前の方を思い浮かべるでしょ?そのようなギャップを感じることはあります。


西河
すみません、1964年の東京五輪は歴史の教科書に載っているイメージしか正直ないです(笑)
違いやギャップが大幅にある中でも環境を楽しめるって簡単にはできないと思うのですが、なぜこの状況が楽しいと思われるのですか?

三神
僕が若い人たちの中で楽しくやれているのは、1995年以降デジタル畑にいたからではないかと思います。当時の新しい領域であるデジタル関係の企業に携わり、大企業出身の僕とは全く価値観の違う尖った思考を持つベンチャーの方々と仕事をしていました。その時に一番違和感を感じており、そんな環境にかれこれ30年弱くらいいたので、価値観の違いというのに慣れているのだと思います。

おじさんと若い人が学び合う「メンターン」の関係性

西河
なるほど。長年あらゆる価値観を持っている方々とお仕事をしていたからこそ「違いを楽しむ」ことができるんですね。
若い人ばかりの組織の中に入られて、実際どうでしたか?
三神
もう、学ぶことだらけです!
西河
大企業の役員をやられていたのに、学ぶことだらけ・・・!って本当ですか?
三神
はい。おじさんが若い人から学ぶって大切なことだと思うんですよ。
僕が若い頃、定年したOBが偉そうに会社にやってきて”君たちのやっていることは間違っているよ” ”違う、こういうものだと決まっているんだよ”と上から言われることほど嫌なことはありませんでした。だから自分が歳を取ったら、なるべく現役の人たちの邪魔にならないようにした方がいいなと思っていました。


三神
そんな時、「モダン・エルダー」という本と出会って考え方が少し変わりました。50代で、創業期のAirbnbにジョインしたブティックホテル経営者、チップ・コンリーが『新しい年長者(モダン・エルダー)』としての働き方を明らかにしていく本です。
Airbnbの創業者ブライアン・チェスキーは、若い頃アパートの短期貸借事業を行っていたのですが、なかなか事業拡大ができないでいました。そんな時彼はブティックホテルチェーン経営者の重鎮チップ・コンリーが開催するセミナーで勉強しチップの豊富なナレッジに感銘を受け、Airbnbのアドバイザーをオファーしたそうです。
Airbnbにホテル経営のナレッジをレクチャーしたチップですが、実は僕と同じように「年寄りが偉そうにホテル経営について語る」というのを嫌悪していて、アドバイザーを辞めた方がいいのではと葛藤していたそうです。しかしアドバイザーをしていく中で、チップが全く知らなかったテクノロジーのナレッジを、若いAirbnbのメンバーから教えてもらっていることに気がつきます。”あぁ、テクノロジーに関して私はAirbnbのインターンである”と。このような互いが教え合い学び合う関係をチップは「メンターン」と呼んでいます。

三神
それまで僕は、歳を取ったら若い人たちに偉そうな関わり方しかできなくなるんじゃないかと恐れていましたが、このメンターンの意識を持つことで、若い人と僕がどちらもwin-winな関係性となり、さらにチームとして良い循環が生まれると確信しました。


西河
「メンターン」、素敵な関係性ですね!
実際に三神さんが若い方から学ばれていることはありますか?

三神
沢山ありますが、意思決定やアクションのスピード感、忖度がなく合理的なところなどはいつも学びになります。もちろん前職との組織規模の違いもあるでしょうが、彼らは僕が経験していないことや知識を持っていて、目から鱗の気づきを得ることが多いです。

西河
まさにベンチャーのビジネスの進め方についてはインターンであるということですね!
じゃあ逆に、三神さんが教えていることは何でしょうか。

三神
広告やマーケティングについては、大企業で長年やってきた僕が持っている経験が役に立っているかもしれないです。ただ僕も皆も教えているというつもりはなくて、フラットに意見交換しながらお互いが自然に学び合っているという環境が心地いいです。

個人・組織として多様性を受け入れるために必要なこと

西河
なんか三神さんほど謙虚なおじさんって珍しいですよね。かなり年上だったり社歴・職歴が長かったりすると、つい上から目線の発言や思考をしてしまう人もいると思うのですが、なんでその姿勢でいられるんですか?
三神
うーん、僕が謙虚というよりは「全ての人に尊敬の念を持つ」ことを大前提にしており、それが若い人から学ぼうとする姿勢に繋がっている最大のポイントなのだと思います。
三神
あとは、「好奇心が強い」のも理由なのかもしれません。100年生きたって、世の中知らないことだらけですよ。僕なんてまだ60代。初めてのものは何を見ても聞いても面白く、知らない経験や考えをどんどん知りたくなるんですよね。
ただ相互作用が大切で、僕だけが貰っているばかりではチームとして良い循環は生まれないので、相手の好奇心をくすぐる存在になれるよう頑張っています。

西河
リスペクトと好奇心、いつまでも持ち続けていられると素敵ですよね。
ただ、多様な考え方を受け入れるのが大事だと分かってはいるんですが、いざ違う価値観に触れると受け止められないこともあるというか。すんなり「はいそうですね」と受け入れるのは、そう簡単なことではないと思います。

三神
そうですね。「違う意見に耳を傾ける」「意見を言い合える」「フラットに評価する」などの行動を善しとする組織文化がつくられていることが大事だと思うんですよ。
例えばサイカの場合だと、肩書きではなく”〇〇さん”と全員が呼び合っています。それは年齢や役職に関係なく、お互いを尊敬しながら評価し合いフラットに意見を交換し合う文化をデザインするために意図的に根付いたものなのだと推測しています。個人の意識に頼らず、組織として多様な考えを受け入れる文化をつくっていくことが大切なのだと思います。

▲サイカでは、異なる価値観を尊重することが「XICAWAY(バリュー)」として掲げられている。(https://xica.net/about/)

多様性を価値にするには

西河
こうやってバリューとして掲げられていると、違いを受け入れる側の姿勢も変わりますし、特にマイノリティー側の立場だと心理的な安全が守られて働きやすいですよね。
話は少し変わりますが、三神さんは同年代同士のチームの良いところはどのようなところだと思われますか?

三神
メリットは阿吽の呼吸が生まれやすいことだと思います。だから、オペレーション中心の仕事は同質性の強い方がうまく回るのではないかと思います。
一方、デメリットは考え方の幅が狭まってしまう恐れがあることです。だから年齢だけでなく性別、国籍、経験した業界など様々なバックグラウンドの人がいた方がいいと思っていて、どのコミュニティにもある程度ダイバーシティがあった方がいいと考えています。特に何かを新しいものを作り上げる組織には、ダイバーシティが必要です。

三神
例えば野球をやるって決めているなら野球選手を集めた方がいいけれど、球技で新しい競技をつくるとなった時は、野球だけでなく色んな球技選手、さらに言うとスポーツ選手以外も交えて話し合った方がきっと面白いゲームができますよね。


西河
たしかに。サッカー選手しか集めなかったら、どうしてもサッカーに似たスポーツになっちゃいそうですもんね。
三神
そうそう。あとはサッカーチームの中に短距離の経験者を入れたら走り方が変わったみたいな話があるじゃないですか。ビジネスも同じで、様々なスキルや視点を個々人が吸収することで、組織がアップデートしていきます。ダイバーシティが組織を強くするというのは本当にそうだと思います。

西河
多様性は新しいものを生み出し、個々人、ひいては組織全体のレベルアップに寄与するということですね。少し疑問なのが、違う考え方を受け入れすぎると「あれも、これも良いよね」となり一つの結論が出づらくなってしまうのではないでしょうか。

三神
ビジネスである以上、どの意見を採用し組み込んでいくかは、ある種の合理性で決めていかなければなりません。だから違う意見をまとめるには「判断軸が明確であること」が必要です。
また意見を出す時にも、合理的に言語化してなるべく定量的に示し、それが判断軸と合致しているかを議論できるようにすることが大切だと思います。


三神
また判断軸がしっかりと言語化されて、皆に共有されていることが非常に重要です。判断軸はあるのに暗黙知されていることが非常に多いんですよ。”この会社こういう意見は通用しないから”みたいな。そのような感覚値ではなく、言語化して皆が判断できるようにすれば、議論がまとまらないことはないと思います。

西河
激しく同意します。結構良いアイディアなはずなのに、「多分上層部にその提案ハマらないと思うから」みたいな納得し難い理由で却下されることって割とありますよね。最初に判断軸を言語化してすり合わせることで、全員がストレスなく議論することができそうです。
最後に、三神さんが考えるダイバーシティとは何でしょうか。

三神
「多様性こそが全てを支える原動力」だと僕は思います。
生態系で「多様性がなくなってしまうと全ての生物が死んでしまう」とよく言われますけど、それはコミュニティ、特に新しいものを創出すべき組織にも同じことが言えると思います。
そもそも、一つの考え方でよければ一人いればいいじゃないですか。色々な考え方やバックグラウンドが共有されるからこそ新しいものが生まれ、世の中に革新をもたらす。それが組織やコミュニティの価値じゃないかと考えます。


株式会社サイカ
サイカは、データサイエンスを軸に、マーケティングの戦略策定/戦術設計/実行/検証を一気通貫で支援するコンサルティングカンパニー。MMMサービス「MAGELLAN」をはじめとする6つのソリューションを、クライアントのマーケティング課題に合わせてカスタマイズし提供することで、マーケティングの不確実性を解消し、成果の最大化を実現しています。これまで、国内エンタープライズ企業230社以上のマーケティング支援を行っており、「すべてのデータに示唆を届ける」をミッションに、データサイエンスの力で人々の創造力を飛躍させている会社です。
https://xica.net/

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執筆者
エイジレスメディア編集部
エイジレス社会の専門誌として、すべての人が何歳でも豊かな暮らしを紡げるよう有益な情報を発信していきます。主に、エイジレスなビジョンを体現している人物や組織へのインタビュー記事を執筆しています。