再雇用での賃金減額。同一労働同一賃金の原則違反となるのか?

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高齢者雇用安定法により、定年後も嘱託社員などの名称で、同一企業に再雇用されることが一般化しています。ところが、仕事内容は同じであるにも関わらず、賃金が大幅に下げられたり、賞与がなかったりと、定年前の正社員と著しく違う待遇を受けるケースは少なくありません。
本記事では、このような正社員と嘱託社員の待遇差が同一労働同一賃金の原則に違反しないのか、判例を元に解説していきます。

  • 【この記事を読んでわかること】
  • 日本の「同一労働同一賃金」の原則は、簡潔にいうと有期雇用労働者の差別を禁止するに過ぎない。
  • つまり、海外と異なり「同じ労働には、同じ賃金を」という原則ではない。
  • 基本給や手当など、項目ごとに不合理がないか判断される。
  • 定年後の再雇用の待遇が不合理と判決された判例が存在する。

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日本における「同一労働同一賃金」の原則

定年後に再雇用となり、雇用形態が変わっただけで仕事内容が定年前とまったく同じ場合、賃金が減額されることは同一労働同一賃金の原則に反するのではないかと考える方も多いのではないでしょうか。同じ仕事内容に対して同じ賃金が支払われないのはおかしいと考えるのは当然です。

もともと欧州では、企業を横断して労働者を組織する産業別組合が主流であったため、どの企業お働くかを問わず、同一の職務には同一の賃金が支払われるという、同一労働同一賃金の考え方が生まれました。ポイントは、職務を分類し、その価値に応じた賃金額を決めるという点です。

職務だけでなく、多様な要素で賃金が決まる日本

では、日本では企業間を横断した時、同一の職務に対して同一の賃金が支払われる土壌があったでしょうか。答えは否です。

企業別組合が主流の日本では、個別企業の枠を超えて職務の価値を評価する土壌はありませんでした。賃金は職務だけでなく、年齢・学歴・勤続年数・貢献度などの多様な要素で決定されます。つまり、欧州と同じ「同一労働同一賃金の原則」は採用できません。

「有期雇用労働者の差別解消」が原則

欧州と同じ同一労働同一賃金の原則が採用できない点について、厚生労働省は下記の通達により日本の独自性を強調しています。

「同一労働同一賃金の考え方が広く普及しているといわれる欧州の制度の実態も参考としながら(中略)それぞれの国の労働市場全体の構造に応じた政策とすることが重要」

そのうえで、日本の同一労働同一賃金の原則を下記のように言及しています。

「我が国が目指す同一労働同一賃金は、同一の事業主に雇用される通常の労働者と短時間・有期雇用労働者とのあいだの不合理と認められる待遇の相違及び差別的取扱いの解消」

このように、日本の「同一労働同一賃金原則」は、就業時間が短い労働者や契約期間が定まっている労働者等に対する「不合理な差別」を禁止するに過ぎず、決して「同じ労働には、同じ賃金を支払う」という原則ではないのです。

参考:厚生労働省告示第430号(平成30年12月28日)「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」

再雇用後の不合理な待遇を禁止する法律

日本の同一労働同一賃金の原則が、有期雇用労働者(契約期間が定まっている労働者)の待遇差別を禁止するという前提がわかった上で、どのように法律で定められているのか見ていきましょう。定年後の再雇用でも通常は契約期間(上限年齢)が決まっているので、同様の法律を参考にします。

待遇差別を禁止する「パート有期法」の条文

通称「パート有期法」、正確には「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」という法律により、有期雇用労働者の不合理な差別禁止が定められてます。下記が該当する条文です。

パート有期法 第8条(不合理な待遇の禁止) 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇とのあいだにおいて、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

噛み砕くと、時短勤務の従業員や契約社員と正社員のあいだで「①業務の内容」「②責任の程度」「③職務の内容・配置の変更の範囲」「④その他の事情」を考慮した上で、給料や他の待遇面で差別をしてはいけない、といったことが条文に書かれています。例として基本給と賞与が挙げられていますが、これに限定される訳ではなく、あらゆる待遇(労働条件)が規制対象となります。

不合理性の判断で考慮される4つの項目

パート有期法において、待遇差が不合理かどうかの判断で考慮される4つの項目「①業務の内容」「②責任の程度」「③職務の内容・配置の変更の範囲」「④その他の事情」について、それぞれわかりやすく解説していきます。

①業務の内容

その労働者の権限・役割・負担などを考慮します。たとえば、役職、ノルマの有無・程度、トラブルや緊急事態に対応する責任の有無、所定外労働の有無などが判断材料です。役割や責任が重ければ、正社員に近く、差別は不合理とされる方向に傾きます。

②責任の程度

その労働者の権限・役割・負担などを考慮します。たとえば、役職、ノルマの有無・程度、トラブルや緊急事態に対応する責任の有無、所定外労働の有無などが判断材料です。役割や責任が重ければ、正社員に近く、差別は不合理とされる方向に傾きます。

③職務の内容・配置の変更の範囲

具体的な仕事内容の変更、権限・役割・負担などの変更、人員配置の変更が、どの範囲で予定されているかが考慮されます。変更を受ける可能性が広いほど、正社員に近く、差別が不合理とされる方向に傾きます。

④その他の事情

たとえば、仕事の成果、意欲、能力、経験、技能、勤続年数などが挙げられます。さらに労働条件は労使の交渉で決めることが原則ですから、その待遇を決める過程における労使交渉の有無、経緯、交渉状況なども考慮されます。

不合理性はそれぞれの待遇ごとで判断される

たとえば基本給・精勤手当・通勤手当・地域手当といった賃金項目に差異がある場合、その総額を比較して判断するのではありません。

基本給に差異を設けることは不合理ではないか?精勤手当に差異を設けることは不合理ではないか?通勤手当の差異は?地域手当の差異は?と、それぞれの賃金項目毎に個別に不合理か否かを判断します。

各賃金項目の性質・目的に照らし、短時間・有期雇用労働者にも同様にあてはまる場合は同一の支給が要求されます。

たとえば、基本給が経験・能力に応じて支給される職能給のときは、短時間・有期雇用労働者にも、その経験・能力に応じて支給されなくては不合理な相違と判断されます。

同様に、基本給が業績・成果給なのに短時間・有期雇用労働者に業績・成果に応じた支給がされていない場合や、基本給が勤続給なのに短時間・有期雇用労働者には勤続年数に応じた支給がされていない場合は、不合理な相違と判断されます。

定年後の再雇用が問題となった判例

ここまで日本の同一労働同一賃金の原則とパート有期法について見てきました。ここからは実際に定年後の再雇用における待遇が不合理だとして問題となった最高裁の判例を紹介します。

事件の概要

労働者Aさんら3名は、運送会社に乗務員として勤務し、定年退職後も嘱託乗務員として再雇用されました。再雇用後の仕事内容は、正社員のときと同一だったのに、嘱託乗務員には、正社員に支給される能率給、職務給、精勤手当、家族手当、住宅手当、役付手当、賞与が支給されないため、賃金は定年前の約8割程度に下がってしまいました。

そこで、Aさんらは労働契約法第20条※に違反する不合理な相違であると主張し、正社員と同様の賃金との差額支払いなどを求めて提訴しました。

※この当時は、労働契約法第20条が有期労働契約者と無期労働契約者の不合理な労働条件の相違を禁じていましたが、2018(平成30)年、同第20条が改正され、前記パート有期法第8条となりました。このため、この事件の最高裁判決は、そのままパート有期法第8条の解釈に当てはまると理解されています。

「定年後の再雇用」はその他の事情として考慮

まず、定年後の再雇用という事実を、不合理性の判断に際して考慮するべきか、それとも仕事の内容が同一である以上、これを考慮する余地はないとするべきか、が問題となります。結論として、最高裁は定年後の再雇用であることを「その他の事情」として考慮するとしました。その理由は次のとおりです。

  1. 定年制の目的のひとつは賃金コストの抑制(定年前と同じ賃金では目的を達成できない)
  2. 無期契約労働者(正社員)の賃金は、定年までの長期間の雇用を前提とするのに対し、定年後の再雇用期間は長くない(前者を適用する前提に欠ける)
  3. 再雇用された者は、定年までは無期契約労働者の賃金をもらい、今後、老齢厚生年金の支給も予定されている(経済的保護の要請は、そこまで高くない)

待遇別の判決

最高裁は、定年後の再雇用であることを「その他の事情」として考慮した上で、各待遇を個別に判断しました。中身を順番に見ていきましょう。

能率給・職務給の不支給は不合理でない

正社員に基本給・能率給・職務給を支給し、嘱託乗務員は基本賃金・歩合給を支給して、能率給・職務給は支給していない相違は、次の理由から不合理ではないと判断しました。

  • 職務給を支給しない代わりに、定年前の基本給を上回る金額の基本賃金を固定給として支払い、収入の安定を図っていること
  • 嘱託乗務員の歩合給は、正社員の能率給よりも稼働額を反映しやすく設定されていること
  • 正社員との賃金差は、2%~12%にとどまること
  • 団体交渉を経て、嘱託乗務員に老齢厚生年金報酬比例部分の支給開始までのあいだ、2万円の調整給を支給していること

精勤手当の不支給は不合理

この会社は、嘱託乗務員に精勤手当を支給していませんでした。しかし、精勤手当は、一定日数以上出勤したことに対する報償として支給されるのですから、同一の業務に従事し同じ要件を満たしていれば、有期雇用労働者にも支給をするべきです。

最高裁も、精勤手当は休日以外は1日も欠かさない出勤を奨励する趣旨で支給されるから、嘱託乗務員と正社員の職務内容が同一である以上、その皆勤を奨励する必要性に相違はないとし、嘱託乗務員に精勤手当を支給しない相違は不合理と判断しました。

割増賃金の算定基礎に精勤手当を含めていないのは不合理

この事件では、嘱託乗務員には時間外手当、正社員には超勤手当を支給していましたが、その内容は、いずれも時間外労働などに対する労働基準法所定の割増賃金でした。

しかし、割増賃金の計算の基礎に、正社員の精勤手当が含まれるのに、前記のとおり嘱託乗務員には精勤手当がなかったので、その割増賃金の計算の基礎にも精勤手当は含まれないという差異がありました。

最高裁は、そもそも精勤手当の不支給が不合理な相違である以上、時間外手当の基礎に精勤手当が含まれない点も不合理な相違だとしました。

住宅手当・家族手当の不支給は不合理でない

次の理由から、嘱託乗務員に住宅手当と家族手当を支給しない相違は不合理でないとしました。

  • 住宅手当は住宅費の負担補助、家族手当は家族を扶養する生活費の補助として、福利厚生・生活保障の趣旨で支給されること
  • 正社員は幅広い世代の労働者が存在し、住宅費と家族を扶養する生活費の補助には相応の理由がある。しかし、嘱託乗務員は正社員として勤続した後に定年退職した者で、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでは被上告人から調整給を支給されること

役職手当の不支給は不合理でない

嘱託乗務員への役付手当の不支給も、この会社の役付手当が正社員の中で指定された役付者に支給されるもので、年功給・勤続給的性格のものではないから、嘱託乗務員に支給しない相違は不合理でないとしました。逆に言えば、名目上は役職手当あっても、年功や勤続に応じて支給される給付であれば、嘱託乗務員に支給が求められます。

賞与の不支給は不合理でない

嘱託乗務員に対して賞与を支給しない相違は不合理ではないとしました。

  • 嘱託乗務員は退職金の支給を受け、老齢厚生年金の支給が予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されていること
  • 嘱託乗務員の年収は定年退職前の79%程度が想定されていること
  • 嘱託乗務員の賃金は、収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっていること

不合理性の判断方法まとめ

以上のとおり、最高裁における不合理な相違か否かの判断方法をまとめると、次のとおりです。

(A)各賃金項目など当該待遇それぞれについて個別に合理性を検討する
(B)考慮する事情は、①正社員との相違の程度、②職務の内容、③職務内容・配置の変更範囲の違い、④定年後の再雇用であること、⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥退職金・企業年金・特別給付金などによる収入安定への配慮等
(C)諸事情を総合的に考慮して判断する

参考:長澤運輸事件(最高裁平成30年6月1日判決)

▼最近の定年事情について知りたい方はこちら

再雇用の基本給低下を初めて不合理と判断した裁判も登場

最近、定年後の再雇用における基本給など相違を不合理とした裁判例が現れました。この事案では、嘱託職員の基本給が定年退職時と比較して45%以下となっていました。

裁判所は、①定年後の再雇用であり、②嘱託職員が定年時(60歳)に退職金を受け取り、③高年齢雇用継続基本給付金と老齢厚生年金(比例報酬分)を受給できたという、相違の合理性をうかがわせる事情を指摘しつつも、④職務内容・配置の変更範囲には相違がなく、⑤年功賃金により賃金が抑えられている若年正職員の基本給すら下回っており、⑥労使の合意や交渉が反映されたという事情もないと指摘し、生活保障という観点も踏まえ、定年退職時の基本給の60%を下回る限度で不合理な相違と判断しました(不合理な基本給を算定基礎とする賞与も不合理と判断)。

この裁判例は、再雇用での基本給などの低下を不合理としたはじめてのケースであり、今後の帰趨が注目されます。

参考:名古屋自動車学校事件(名古屋地裁令和2年10月28日判決)

まとめ

最高裁判決(長澤運輸事件)により、定年の前後を通じて仕事の内容が同一でも、賃金の減額が許されることが明確となりました。

他方、許容されるのは、「不合理な相違でない範囲」という枠がはめられました。

今後は、うえに紹介した名古屋自動車学校事件のように、減額が許される具体的な数字をめぐる裁判例が増えてゆくと見込まれます。

▼『定年後の賃金減額』について詳しく知りたい方はこちら

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執筆者
望月則央
著述業/法律解説・監修
弁護士として20年にわたり、労働事件、一般民事、交通事故、債務整理、相続問題など、様々な事件の弁護を担当。特に刑事事件の経験は豊富。現在は各種法律記事の執筆・監修を行う。早大法学部卒。