定年後の再雇用で給与の減額は許されるか。違法となる減額率とは。
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定年後の再雇用では、定年前よりも基本給が減額され、各種手当てや賞与も一部カットされたり、まったく支給されなかったりという例が数多くみられます。
再雇用における給与の減額は法的に許されるのでしょうか。また仮に許されるとしても、認められる給与の減額率に限度はないのでしょうか。
この記事では、弁護士が法制度をわかりやすく解説します。
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- この記事を読んでわかること
- 再雇用での給与の減額は許されるが、無制約ではない
- 給与の減額に対しては慰謝料などの損害賠償請求を認めた裁判例がある
- 基本給の減額は、定年時の基本給の6割が限度とした裁判例が注目されている
雇用の継続を義務付ける高年齢者雇用安定法
高齢者雇用安定法は、65歳未満の定年を定める事業主に対し、①定年の引き上げ、②定年制の廃止、③継続雇用制度の導入という3つの雇用確保措置のうち、いずれかを選択することを法的な義務としています(同法第9条)。
多くの企業では、継続雇用制度を採用し、(a)定年によって雇用契約を終了させた後に改めて雇用する再雇用制度、または、(b)定年で雇用契約を終了させない勤務延長制度がとられています。
これらの場合、定年後に給与を減額することが許されるのかが問題です。
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勤務延長制度の給与減額は原則として許されない
まず勤務延長制度は、定年前の雇用契約が有効に続くのですから、給与の減額は、継続中である契約の内容変更を意味します。
したがって、原則として給与の減額は許されず、労使が給与減額について改めて合意をしなくてはなりません。
ただ、労使の合意がなくても、就業規則の合理的な変更と認められる場合であれば、一方的な労働条件の変更も可能です。もっとも、これが許容される条件は非常に厳しく、例外的な場合に限られます(労働契約法第10条)。
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再雇用制度の給与減額は無制約には認められない
次に、新たな契約である再雇用制度の場合は、当事者である労使が合意する限りは、給与を含めて、どのような内容を設定するかは自由です。
事業主側は、①定年前と異なる業務内容で、減額した給与を提案する場合や、②定年前と同一の業務内容で、減額した給与を提案する場合があり得ます。
もちろん、労働者側は、このような提案に応じる義務はありませんが、応じなければ再雇用されませんから、事実上、不利な条件を押しつけられる危険があります。
そこで、このような事業主の行為は無制約に許されるわけではないとされています。
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再雇用の給与減額提示が公序良俗違反で違法となる可能性
再雇用にあたって、どのような労働条件を提示するかは使用者の自由です。
しかし、そもそも雇用確保措置が義務化されているのは、高年齢者の年金受給開始まで、無収入期間の発生を防ぐ趣旨です。
著しい低賃金を提示したり、社会通念のうえで労働者が受け入れ難い職務を提示したりすることは、実質的に生活可能な雇用継続の機会を与えたとは到底言えず、高年齢者雇用安定法の趣旨に反します。
雇用確保措置義務は「公序」
そして事業主が雇用確保措置の義務を尽くすことは、既に労働契約における公序(民法90条)の内容となっており、高齢者雇用安定法の趣旨に反する行為は公序良俗に反する違法行為と評価されます。
他方、高年齢者には、65歳までの安定的な雇用の享受という法的に保護されるべき利益があり、事業主の違法行為は、この利益を侵害する不法行為(民法709条)となります。
こうして、給与を減額した再雇用条件の提示に対し、慰謝料請求が認められる場合があるのです。
以下では、再雇用に際し、事業主が給与を減額した再雇用条件を提示した行為の違法性が問題となった裁判例を紹介します。
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給与減額率75%となる再雇用の提案を違法として慰謝料を認めた例
高年齢者による慰謝料請求を認めた裁判例として「九州惣菜事件」があります(福岡高裁平成29年9月7日判決・労働判例1146号22頁)。
Xはフルタイム従業員として、食品販売会社Y社に勤務し、2015(平成27)年3月に定年退職しました。定年時の賃金は月額33万5500円、時給にすると1944円でした。
Xが再雇用を希望したところ、Y社はパートタイムでの再雇用を提示しました。その内容は、週3~4日勤務、実働1日6時間、時給900円で、月額8万6400円程度でした。
定年前と比較すると減額率約75%なので、Xは拒否し、裁判所に対して雇用契約上の地位確認請求を求め、予備的に慰謝料も請求しました。
高裁は慰謝料請求を認めた
しかし、高齢者雇用安定法第9条は、定年退職者の希望する労働条件での雇用を使用者に義務付けるものではなく、当然に労働契約を発生させる私法的な効力はないので、Xに雇用契約上の地位は認められません。
そこで第一審(福岡地裁小倉支部平成28年10月27日判決)も、控訴審である本判決も、雇用契約上の地位確認請求は棄却しました。
他方、慰謝料請求については、第一審は棄却したものの、本判決は一部認めました。
再雇用にあたり、極めて不合理で、高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難い労働条件を提示する行為は、高齢者雇用安定法の趣旨に反し、公序に反する違法行為と評価したのです。
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年収1千万円正社員への時給千円パート清掃員の再雇用提案を違法とした裁判例
慰謝料請求を認めたもうひとつの裁判例として「トヨタ自動車事件」があります(名古屋高裁平成28年9月28日判決・労働判例1146号22頁)。
Xは大卒正社員として大手自動車メーカーY社に入社し、事務職を続け、定年時点では年収980万円に達していました。
Xは、2013(平成25)年7月に定年退職となり、再雇用を希望しました。
Y社には、最長期間5年の再雇用となる「スキルドパートナー」制度がありましたが、会社側はXの勤務態度が選定基準を満たさないとして「スキルドパートナー」での再雇用を拒否しました。
代わりに、Y社は、シュレッダーのゴミ袋交換などを担当する清掃員として、パートタイマー契約をXに提示しました。期間は1年間、1日4時間、時給1000円との条件でした。
これをXは拒否し、裁判所に「スキルドパートナー」としての雇用契約上の地位確認と慰謝料請求を求めました。
慰謝料請求を認めた控訴審
原審(名古屋地裁岡崎支部判決平成28年1月)はXを敗訴させました。しかし、控訴審である本判決では、雇用契約上の地位確認は棄却したものの、慰謝料請求は認めました。
仮に再雇用後の勤務が週5日・50週としても、4時間×5日×50週×1000円=年間100万円ですから、給与の減額だけを見ると減額率90%という提案で、事実上の再雇用拒否と言って良いでしょう。
職務内容も、社会通念から見ても、正社員事務職であったXが受け入れ難い内容です。
これでは、実質的に雇用継続の機会を与えたとは到底言えず、高年齢者雇用安定法の趣旨に反する違法な行為とされました。
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給与減額率60%~70%での再雇用が不合理でないとした裁判例
もっとも、かなり高い減額率を許容した裁判例もあります。「学究社事件」です(東京地裁立川支部平成30年1月29日判決・労働判例1176号5頁)。
これは会社の労働条件提示に対する慰謝料請求が問題となった事件ではないものの、定年前と比べて60%~70%も低下する給与を定めた再雇用規定や、これに基づく会社の申し入れが、高年齢者雇用安定法の趣旨に反して無効ではないかが問題となりました。
Xは、学習塾を経営するY社へ1982(昭和57)年に入社した正社員(専任講師)で、定年前の年収は638万円(月額53万円)でした。
Xは、2015(平成27)年2月末に定年、同年3月1日再雇用となりました。
ただ、その再雇用契約の内容はXY間で争いがあり、Xは定年前と同内容での雇用継続を主張しましたが、Y社は再雇用規定に基づき、時間講師として、時間給50分3000円、おおむね定年時の30%~40%にとどまる賃金での1年間の再雇用を主張しました。
Xは、定年前と同一内容での雇用契約の地位の確認や、これを前提とした未払賃金の支払などを求めて提訴しました。
単価50分3000円は低額ではないとする裁判所
この事案の論点は多岐にわたるのですが、賃金に関しては、裁判所は50分3000円の単価は、労働者に到底受け入れられない低額の給与水準とは言えないとし、高年齢者雇用安定法の趣旨に反するとは認めませんでした。
Xは、Y社の再雇用での労働条件が、定年前と比べて極めて過酷で、勤労意欲を削がせる内容であるとも主張しましたが、裁判所は、これも認めませんでした。
裁判所は、定年前の専任講師は生徒・保護者への対応、研修会への出席などが義務付けられているのに対し、時間講師は原則として授業のみを担当するなど、業務内容と責任に差異があるなどと認定して、賃金低下は不合理ではないとも言及しています。
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仕事内容が変わらない、基本給の減額率2%~12%での再雇用が「同一労働同一賃金原則」に違反しないとした最高裁判例
多くの場合、定年前は期限の定めのない雇用契約ですが、再雇用後は期限付き雇用契約となります。
そこで、再雇用後の職務内容が、定年前と同じである場合には、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」、通称「パート有期法」第8条に違反しないかが問題です。
同条は、有期雇用労働者に対する不合理な差別待遇を禁止するもので、日本版の「同一労働同一賃金原則」とも称されます。
これに違反する再雇用契約や会社側の申し入れは無効となるだけでなく、不法行為として慰謝料請求の対象ともなります。
長澤運輸事件で最高裁は再雇用の賃金減額を認めた
この点については、パート有期法第8条の前身である労働契約法20条が再雇用に適用されるか否かを判断した最高裁の判例があります(※)。
運輸会社の乗務員が再雇用後も同一内容の業務に従事してた事案です。同判例は①賃金の減額の合理性は、その総額ではなく、基本給、各種手当など賃金項目ごとに個別に合理性を判断すること、②各種の事情を総合考慮して判断すること、③職務内容や配置変更の範囲などの正社員との相違はもとより、定年後の再雇用であること、労働組合との交渉経過、退職金や年金などによる収入安定性も考慮事情に含まれるとしています。
そのうえで、減額率が2%~12%にとどまる基本給の差異は不合理ではないとしつつ、出勤を奨励する精勤手当を再雇用後に支給されないのは不合理だとしました。
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仕事内容が変わらない基本給の減額率は40%が限度とした裁判例
減額された基本給での再雇用契約を無効とした初めての裁判例があります。「名古屋自動車学校事件」です(※)。
Xら2名は、自動車学校を経営するY社の教習指導員(正職員)でした。Xらは、定年後、Y社の継続雇用制度により、期間の定めのある嘱託社員として再雇用され、定年前と同一の教習指導員としての業務を行ってきました。
Xらは、正社員との間における基本給・賞与・精勤手当・家族手当などの待遇差が不合理で労働契約法20条に違反するとして、損害賠償などを求めました。
Xらの定年前の基本給それ自体、同年齢帯の賃金センサスにおける平均賃金を下回る低水準の金額でしたが、さらに再雇用後は、その低かった基本給の45%以下と48.8%以下という低レベルとなっていました。これはY社の若年正社員の基本給にも及ばない金額です。
労働者の生活保障の観点から基本給が60%を下回る限度で違法とした
裁判所は、労働者の生活保障の観点を踏まえ、基本給につき、定年退職時における基本給の60%を下回る限度で不合理な待遇差として違法と判断しました。つまり基本給の減額率は40%を超えると違法だというわけです。
賞与は基本給に支給率を掛け算して算出する方式だったので、減額された基本給が違法であれば、それをもとに算定した賞与も違法です。そこで裁判例は、定年退職時における基本給の60%を基礎として算出した金額を下回る限度で、賞与の待遇差も不合理と判断しています。
こうして裁判所は、定年退職時における基本給の60%と、これを前提として計算した賞与などを、支払われるべきであった金額とし、実際の支給額との差額につき、損害賠償請求を認めました。
6割基準には批判もある
この裁判例は、基本給の減額を違法とした点だけでなく、基本給の減額は定年時の6割が限度という基準を設定した点が画期的で注目されました。
実際には、基本給が定年時の6割に達していない事例が多いと言われており、この裁判例の基準が実務に定着すると、企業に与える影響は非常に大きいからです。
もっとも、6割を基準とした理由については、この判決は、労働者の生活保障の観点を踏まえてとしか説明していないため、理論的には批判も多く、たんに具体的な個別事案を処理する結果の妥当性から示された数字以上の意味はないという論評もあります。
なお、この事件は、その後、双方が控訴しましたが、控訴審の名古屋高裁は第一審の判断を支持して、双方の控訴を棄却しました(※)。
現在、双方が最高裁に上告しています。
※名古屋高裁令和4年3月25日判決(判例集未搭載。LEX・DB 文献番号 25592145)
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まとめ
再雇用による大幅な給与の減額を認めれば、定年後の雇用継続による高年齢者の生活維持は困難となります。
他方、定年前と同レベルの給与支払を義務付け、大きなコストを強いながら企業運営を続けさせることは、現実的には不可能です。
この両者の要請に対し、如何にバランスをとるべきか。最高裁の判断が待たれます。