「会社にいれば大丈夫」ではない。日本の雇用の行く末と一人ひとりが持つべき心構え

これまでは終身雇用や定年制度、メンバーシップ型雇用(※1)が一般的だった日本。しかし近年はジョブ型雇用(※2)へ舵を切る企業が増えるなど、日本の雇用環境にも変化が起きつつあります。とはいえ、抜本的な変革はまだまだできていないのも、また事実です。

そこで今回は、雇用問題に詳しい倉重公太朗さんへインタビュー。定年制度やメンバーシップ型採用などの日本型雇用はこれからどうなるのか、そしてそんな社会でキャリアを築くために考えるべきことをお話いただきました。

プロフィール

倉重公太朗さん
KKM法律事務所代表弁護士
経営者側に立った労働法の専門家としてのみならず、新時代の雇用のためのコンサルティングも手がけるニュータイプの弁護士。YouTubeの投稿など情報発信にも積極的に行う。『週刊東洋経済 2022年11月5日号』に掲載の「弁護士ドットコム」のアンケート調査では、「法務部門が選ぶ弁護士ランキング 人事・労務部門」にて第一位に選ばれている。

日本の奇妙な定年制度

えなり
日本型の雇用制度といえば、メンバーシップ型採用もそうですが、まず定年制度が思い浮かびます。年齢差別はダメなのに、定年はあるってよく考えたら不思議だなと感じました。

倉重
そうですね。でも、定年は法律上堂々と認められています。ただし、60歳未満はNG。60歳以上であれば問題ありません。これは日本型の終身雇用と密接に関わる制度でもあります

えなり
と言うと?

倉重
昔は今のように転職する人も多くありませんでした。すると、終身雇用と言ってもどこかで区切らないと、組織の新陳代謝が起きなくなってしまいます。また、若い人の雇用も失われてしまうかもしれません。そうした背景から、キリもよい60歳が定年として定められているわけです。
とはいえ、最初から法律として定められていたわけではなく、慣行として定年制度は用いられていました。最初に定年制度をはじめたのは海軍にあった火薬を詰める製造所だと言われています(※3)。年齢も今とは違っていて、昔は55歳でした。

えなり
海軍……!そんな昔からある制度なんですね。

倉重
それを民間企業がどんどん真似しはじめて、55歳定年制が広がっていきました。そして法制化され、平均寿命の伸びや少子高齢化を考慮して60歳となったという経緯があります。

えなり
時代に合わせて変わってたんですね。お話を聞いていると、解雇権が弱い日本において、定年制度は年齢による解雇権という側面もあるのかなと感じました。

倉重
その側面はありますね。だからこそ、定年後は雇用延長ではなく「65歳までの“再”雇用」が義務化されたわけです。実はこれを決める際に、「65歳を定年にすればいいのではないか」という議論もありました。しかしそうすると、労働条件を下げられません。会社としても困ってしまうということで、60歳で一旦退職とし、翌日から再雇用するといった不思議な形態になっているんです。

えなり
そうでもしないといけないほど、解雇したり労働条件を変えたりすることが難しいんですね。

倉重
そうなんですよね。日本は報酬の上げ下げという意味でも人の移動という意味でも、非常に硬直的です。それにより人材獲得も難しくなっています。グローバル化が進み、世界を相手に人材獲得競争をしないといけないなかで、日本企業は大きなハンデを背負って戦っていると思いますね。

ジョブがなくなったらどうするの?問題

えなり
ではこれから世界での競争に勝っていくためには、今の制度を改定して労働条件の変更や解雇をしやすくする必要があるのではないでしょうか。

倉重
それこそが、今の日本が検討しなければいけない一丁目一番地の課題ですね。現在ジョブ型雇用の導入も進んでいますが、ジョブ型雇用を本気で進めるのであれば、もし「ジョブがなくなったらどうするのか」を考えないといけません。

えなり
欧米のようなジョブ型雇用が主流の国では、ジョブがなくなった場合どのように対応しているのでしょう。

倉重
欧米だと解雇されることが一般的です。ある特定の仕事をしてもらうためにその人を雇っているわけで、雇用した目的がなくなるんだから当然ですよね。働く側からすると無慈悲に思えるかもしれませんが、こうした仕組みのおかげで、企業が新しい分野へ気軽に挑戦できるという大きなメリットもあります。また、お金を一切払わずに単に解雇するだけはなく、ヨーロッパでは法定以上の、アメリカでは企業ごとに退職時の金銭支払を行うのが通常ですので日本の解雇とはイメージが違うかも知れません。

えなり
なぜ新しい分野に挑戦しやすいのですか。

倉重
高い年収で専門的な知見を持つ人を雇用しやすいからです。たとえば生成AIのようなまだまだ未知数の分野だったり新規事業だったり、成功可能性がわからない挑戦ってあるじゃないですか。欧米であれば、こうした挑戦の大きな力となるスペシャリストを年収3〜4000万で雇用できるんですよね。なぜならうまくいかなくても、すぐに解雇できるから。
一方なかなか解雇できない日本では、いくら専門的な知見のある人だとしても年収3〜4000万で雇用することは難しいでしょう。事業が失敗してもその年収で雇い続けないといけないとなると、なかなか踏み切れないからです。これでは新しい分野で勝てるはずはありません。国際競争力を高めたいのであれば、挑戦して駄目だった場合に撤退しやすい環境を作ることが急務だと考えます。
もちろん格差は出てきてしまいます。政府としてはできれば格差を生みたくないようですが、現実的に考えると、高度経済成長期の「一億総中流社会」のようにみんな横並びで発展していくのは難しいのではないでしょうか。これから日本がどんな社会を目指すのか、現実を見据えた上で考える瀬戸際に来ていると思います。

えなり
一方で解雇や労働条件の変更をしやすくするとなった場合、反発も大きそうです。

倉重
支持率が下がるのは確実ですね。だからこそ、これまで誰も踏み込んでいません。ただ、「待ったなしの状況だ」と言われはじめてから20年近く経っているので、そろそろ手をつけないといけない。今の日本には確実に必要なことです。でも誰ができるかというと、労働法改革だけをして退陣するくらいの心意気を持っている人か、別の分野でよほどの功績を残した人でないと難しいのかなという気もしますね……。

えなり
なかなか難しい問題ですよね……。日本と似た状況だったほかの国で解雇権の強化が成功した事例はありますか?

倉重
2016年にイタリアで労働法改革がなされました。イタリアはもともと日本と同じぐらい解雇権の弱い国でした。ストも盛んに行われていて、伝統的に労働組合が強い国でもあります。
でも若年層の失業率が50%近くと、社会としてあまりにも不健全な状態になってしまったのを受けて、いよいよ改革がなされたわけです。能力的にポジションに適していない人を適切に解雇して若い人に職を与えるために、一定の金銭を支払うことで差別的な理由でなければ自由に解雇ができる「解雇の金銭解決制度(※4)」が導入されました。

えなり
イタリアの事例では、首相が辞任に追い込まれたり支持率が低下したりといった反発は起きなかったのでしょうか。

倉重
実は政治家が一人暗殺されているんです。マルコ・ヴィアッジさんという、労働法教授を経て政治家になった人でした。彼は教授時代から「解雇規制を変えるべきだ」と唱えていて、実際に政界にも足を踏み入れて改革に向けて動いていました。しかしその活動がようやく実を結びそうなタイミングで左派に銃殺されてしまいます。でも、彼の想いを引き継いだ別の労働法教授や協力者が活動を続けたことで、労働法改革を実現できたんです。
日本でも同じことが起きるとは限りませんが、こんな事件が起きてしまうほど世の中を二分する議論であることは間違いありません。

えなり
暗殺までとは驚きました…!でもそれでも、やらなくてはいけないことなんですね。

倉重
日本が世界との競争で生き残るためには必要なことだと思いますね。一時的に失業率は確実に上がります。でも悪いことばかりではありません。重要なのは入り口論と中間論をセットで行うことです。入り口論とは採用を増やした企業に対する税制や社会保険でのインセンティブを与えること。中間論としては、転職までの間の公的支援を充実させ、それと共にスキルアップに繋げていくことが重要です。その結果、多くの人がリスキリングに本気で向き合うようになったり、キャリア自律をしていったりすることに繋がるのではないかとも考えます。

一人ひとりが自らのキャリアに向き合うべき時がきている

えなり
たしかに「明日にも解雇されるかもしれない」となると、自分のキャリアに対する危機感は大きくなりそうです。

倉重
そうでなくとも、今はもはや会社にキャリア形成を委ねてしまう方がリスクですよね。昔は会社が40年先も存在しているという前提があって、終身雇用が成り立っていました。でも今、40年後も続いていると信じられる会社なんてほぼ皆無です。コロナ禍もそうですし隣国のロシアは戦争を起こしました。そんな5年前は真面目に想像もしなかったような事態が起きているなかで、どこの会社が40年先のことなんて保証してくれるんでしょうか。

えなり
40年先まで安泰と思える会社、まったく思いつかないですね……。

倉重
そうですよね。日本の解雇権が強くなるにしろならないにしろ、会社の寿命が短くなっている以上、自分の身を守るためにもキャリア自律は必要不可欠だと思います。
また、定年後の就業という観点からもキャリア自律とリスキリングは重要です。先ほど再雇用については少し触れましたが、年金の支給開始年齢が引き上げられるのに従って、定年後も65歳までは再雇用することが義務化されました。さらに65歳以降も70歳までは就業機会を確保しなければなりません(※5)。ここで重要になってくるのが、雇用ではなく、就業だということです。

えなり
それは、「業務委託でも良い」ということでしょうか。

倉重
そうなんです。でも、65歳で「あなたは今日からフリーランスです」と言われて、企業から仕事をもらえる人がどれほどいるのでしょうか。今20代や30代の人たちはそうなることを見据えて、ある程度社会人として経験を積んだ上で、最終的に自分がどんな道を歩むのかを決めておく必要があると思いますね。

えなり
まさにキャリア自律と言いますか、自分のキャリアを自分で作っていかないといけない時代になってきているんですね。
倉重
そうしないと他者との競争に勝てなくなってくるわけですよね。スキル獲得に必要なのも、本質的には競争原理です。日本のサラリーマンの平均勉強時間は週に13分(※6)と言われています。「会社に入れば安泰」であった時代はもう終わったわけですが、そう思えた時間が長かったからか、まだまだ「会社にいれば大丈夫」と思っている人が多い。そう思っていたらわざわざ勉強なんてするわけがないですよね。
さらに日本では働き方改革で労働時間にも上限が設けられました。それ自体は良いことですし、もちろん過労死なんて事態は絶対に避けなければならない。一方で、休日が増加し、平日の労働時間も減ったことで、これまで量をこなすことで成長できていた人たちの成長が難しくなってしまっています。祝日も世界的に見て多く有給取得の義務化もなされ、ともすれば日本は世界でもトップレベルに休んでいる国かもしれない。それで本当に世界を相手に日本が勝ち残っていけるのかと心配なのが正直なところです。
このぬるま湯に浸かりきって少しずつ沈んでいっている社会を立て直して、一人ひとりが強くなれる社会にすることが、本当の意味でのリスキリングだと考えます。
えなり
リスキリングというとホワイトカラーの能力向上ばかりが注目されています。ただChatGPTのような生成AIの台頭を見ていると、ホワイトカラーの人がブルーカラーで活躍できるようにする形のリスキリングも必要になってきそうです。

倉重
ホワイトカラーの仕事のAI化または自動化は、すぐそこまで来ていると思います。かつChatGPTを見ていてもわかるように、最終的なコストも小さくなるでしょう。一方、ブルーカラーでもロボティクス化は進んでいますが、コストの大きさが段違いです。費用対効果を考えると、まだまだ人が行った方がコスパがいい部分も多くあります。そのためまずなくなるのは、ホワイトカラーの仕事ではないかと。一方で、ブルーカラーの現場でロボティクス技術を使いこなせる人材はこれからも価値が高いはずです。そうした人材を増やしていくことも考えるべきではないでしょうか。

えなり
そうした業種の転換も含めて、一人ひとりが自分のキャリアと向き合って方向性を決め、かつ必要に応じてスキルを獲得しなくてはならないんですね。

倉重
自分がどんな強みを持って生きていくのかは、自分が考えないと誰も考えてくれませんからね。わからないのであれば、キャリアコンサルティングなどの専門家に相談してみるのも一手です。「100人に1人の強みを3つ持っておくと100万人に1人の人材になれる」とはよく言いますが、そういうことを一人ひとりが真剣に考えないといけません。
今は日本自体が、はっきり言って弱っているじゃないですか。でも日本企業に残ってもらわないと日本の雇用は残らない。そのためにはやはり解雇権や労働条件の変更権をある程度強くして、働く人には金銭的な補償や公的給付、能力開発支援を充実させ、自分の仕事に責任を持つという、真の意味でのジョブ型雇用を本当の意味で取り入れる必要があると考えます。

えなり
競争原理をもっと取り入れる必要性は感じますが、一方で競争に敗れた人やそもそも参加できない人と成功者の格差が大きくなりそうなのが心配です。

倉重
それは雇用と福祉の境目ですね。最終的には国が社会保障としてするべきことです。競争に敗れた人を救済するシステムは私も必要だと思います。例えば病気になってしまった人が療養中は公的給付を受け、療養後にはまたリスキリングして戻って来れるようなシステムですね。一方で競争社会で戦う人たちに対する支援も国として行うべきで、この両方をバランスよくやっていく必要があります。

えなり
敗れた人を救済するシステムがあることで、個々人としても挑戦しやすくなる気もします。

倉重
そうですよね。なので国には解雇権の問題に切り込むことと、それに伴って競争に敗れた人を救済し、再チャレンジできるシステムを作ることを期待したいです。そして私たち一人ひとりの働く者としては、その世界をできるだけ自分の力で生き残るために、それぞれがキャリア自律への意識を持ってスキル・キャリアを高めていくことが必要だと思います。

※1 企業が人材を採用する際、業務の内容や勤務地を限定せず雇用契約を結ぶこと。雇用後は、割り当てられる業務に従事する。ひとつの職種ではなく、部署異動を経て複数の職種を経験することが多い。

※2 企業が人材を採用する際に、業務内容・勤務地などの条件を明確に決めた上で雇用契約を結ぶこと。原則、あらかじめ定められた業務以外は担当しない。

※3 記録に残っている最古の定年制は、東京砲兵工廠の職工規定。1887年に定められている。

※4 一部の差別的解雇を除き、原則として解雇は金銭で解決できるとした制度。金銭解決の水準は、給与の2〜24ヶ月分となり、勤続1年につき2カ月分として計算される。

※5 「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)」の一部が改正されたことによるもの。2021年4月1日施行。

※6 出典:総務省統計局「令和3年社会生活基本調査」。行動の種類別生活時間のうち、「学習・自己啓発・訓練(学業以外)」に当てられていたのが男性13分、女性12分だった。

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執筆者
エイジレスメディア編集部
エイジレス社会の専門誌として、すべての人が何歳でも豊かな暮らしを紡げるよう有益な情報を発信していきます。主に、エイジレスなビジョンを体現している人物や組織へのインタビュー記事を執筆しています。