退職金制度とは?種類と自社に合う制度の選び方や導入手順を解説

退職金制度を導入すると、従業員の定着率の向上などが期待できます。退職金制度にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる特色を持っています。それらを理解し、導入にあたって自社に合う制度を選ぶことはとても大切です。
この記事では退職金制度の種類を紹介し、自社に合う制度の選び方のポイントや導入手順を解説します。

  • 【この記事を読んでわかること】
  • 退職金制度を導入すると人材の定着率が向上するなどのメリットがある
  • 退職金制度には複数の種類があり自社に合う制度を選ぶ必要がある
  • 退職金制度を導入すると廃止は難しいので慎重に検討すべき

退職金制度の概要

お金

退職金制度とは退職する従業員に対し、支払われる一時金や年金に関する制度です。

退職金制度の導入割合

退職金制度の整備は労働基準法などで義務づけられておらず、退職金制度の導入の有無は事業主の自由です。しかし、日本においてはほとんどの企業に何らかの退職金制度が用意されています。

以下の表は厚生労働省の「就労条件総合調査」から、企業規模ごとの退職金制度のある企業の割合をまとめたものです。全体としては、約80%の企業が退職金制度を採用しています。さらに従業員300人以上では、退職金制度のある企業は90%以上にのぼります。

従業員数 退職金制度のある割合
1,000人以上 92.3%
300人~999人 91.8%
100人~299人 84.9%
30人~99人 77.6%
全体平均 80.5%

参考:厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」

退職金制度を導入するメリット

退職金制度の導入は事業主側にとって、いくつかのメリットがあります。退職金制度は優秀な人材に自社を選んでほしい場合、他社との差別化につながります。
また、採用した従業員が定着し、長期間勤務するためのモチベーションを上げる効果も期待できます。人手不足に悩む企業にとっては、退職金制度をはじめとする福利厚生の整備は重要です。

それ以外に、業績不振で早期退職の勧奨をしなければならない場合、条件交渉の要素として活用できます。また、退職者に対して退職後の競業禁止などを守らせる際の対価とし、「違反した場合は退職金返還」のような条件を付けることも可能です。

退職金制度を導入するデメリット

退職金制度の導入には一定のメリットがありますが、デメリットも知っておかなければなりません。

退職金制度の導入は事業主の自由ですが、一度制度を作って労働基準監督署に届け出ると従業員には退職金の受給権が発生します。退職金額の減額や制度廃止などの従業員にとっての不利益な変更は簡単にはできません。

従業員数が増えるとそれだけ支払うべき退職金額も増え、将来的な債務が発生することになります。また、一度に大量の退職者が発生する場合には、退職金の支払いのために基金繰りが悪化するおそれもあります。

退職金の支給額の相場

「他社はどの程度の退職金を支払っているのか」という退職金の相場が気になる経営者や総務人事担当者は多いでしょう。

次の表は、勤続 20 年以上かつ 45 歳以上の退職者の学歴別・退職事由別の退職金額の平均です。退職金額は学歴や退職事由によって大きな差がありますが、いずれにしても勤続20年以上の従業員にはまとまった金額の退職金を支払うことがわかります。

退職事由 大学・大学院卒 高校卒(管理・事務・技術職) 高校卒(現業職)
定年 1,983万円 1,618万円 1,159万円
会社都合 2,156万円 1,969万円 1,118万円
自己都合 1,519万円 1,079万円 686万円
早期退職 2,326万円 2,094万円 1,459万円

参考:厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」

退職金制度は主に3種類ある

PC

退職金制度は大きく分けて3種類あります。それぞれに仕組みが異なり、メリットもデメリットもあります。各制度の特徴を理解したうえで、自社に合った制度の導入を検討しましょう。

退職一時金 企業年金 退職金共済
確定給付型企業年金 企業型確定拠出年金 中小企業退職金共済 特定退職金共済制度
運用 社内 外部 加入者(従業員) 外部 外部
積立金の経理処理 損金参入不可 損金参入可 損金参入可 損金参入可 損金参入可
退職金額 確定 確定 運用結果により変動 確定 確定
中途退職時 一時金の受取可 一時金の受取可 年金資産を転職先の企業型DCまたはiDeCoに移管 一時金の受取可 一時金の受取可
企業が破綻した場合 支払われない可能性あり 保全される 保全される 保全される 保全される
役員の退職金 可能 可能 可能 不可 不可
掛金以外のコスト負担 なし 運営手数料 運営手数料 積立不足の補填 なし なし

1.退職一時金制度

退職一時金制度は事業主が運営する退職金制度で、退職する従業員に一括で退職金を支給します。支給金額など制度の内容を自社の方針に沿って決められる自由度の高い制度です。

退職一時金制度では、将来支払う退職金を運転資金とは別に引き当てておく必要があります。また、社内で準備する場合は税引き後の資金を貯めていくため、税金面で不利です。

退職一時金制度の計算方法には、「定額制」「基本給連動型」「別テーブル制」「ポイント制」の4種類があります。それぞれの内容は以下のとおりです。

定額制 勤続年数ごとに退職金額を決定する方式
基本給連動型 退職時の基本給をベースに勤続年数と退職事由を反映して退職金額を決定する方式
別テーブル制 基本的な計算方法は基本給連動型と同様で、ベースになる金額が退職時の基本給から勤続年数ごとの算定基準額に代わった方式
ポイント制 従業員ごとに付与したポイントの累計とポイント単価を乗じて退職金額を決定する方式

2.企業年金制度

企業年金は企業が従業員のために年金資産を外部に積み立て、退職後に年金または一時金で支払う制度です。主な企業年金には以下の2種類があります。

確定給付型企業年金

確定給付企業年金制度は、従業員の退職後に退職金を年金または一時金で支給する制度です。事業主は委託先の外部の金融機関に掛金を払い込み、金融機関が掛金の運用を行います。事業主が支払う掛金は全額損金算入ができるため、優良企業にとってはメリットのある制度です。

ただし、運用の失敗で積立金が目標とする給付水準に満たない場合、事業主が不足分を補填しなければなりません。その分、従業員側からは、将来の受取額が保証された有利な退職金制度といえます。

確定給付型企業年金は事業主側の負担が大きいため、財務の安定している企業でないと継続するのは難しい制度です。

企業型確定拠出年金

企業型確定拠出年金(DC)は事業主が掛金を拠出し、加入者である従業員が自分で運用する企業年金制度です。積み立てた年金資産は60歳以降に一時金または年金で受け取ります。

従業員の受け取る年金額は運用成果によって決まり、事業主に積立て不足の補填義務などはありません。事業主の拠出した掛金は全額損金に算入できます。事業主は掛金の支払いだけが義務ですが、自力で運用する従業員のために投資教育を実施することが努力義務とされています。

従業員が中途退職した場合に原則として一時金は支払われず、それまでの年金資産を転職先の企業型DCまたはiDeCo(個人型確定拠出年金)に移管するルールです。

企業型DCは従業員が掛金を負担する、「選択制確定拠出年金」や「マッチング拠出」などの制度設計も可能です。そのため、中小企業でも導入しやすい制度といえます。

3.退職金共済

退職金共済は、自社で退職金制度を運営するのは難しい中小企業のための外部積立の制度です。主な退職金共済には「中小企業退職金共済(中退共)」と「特定退職金共済制度(特退共)があります。

中小企業退職金共済(中退共)

中小企業退職金共済(中退共)は、独立行政法人勤労者退職金共済機構が運営する中小企業のための国の退職金制度です。加入条件に業種ごとの従業員数や資本金額が定められています。

中退共は事業主が掛金を支払い、従業員の退職後に積立てた退職金が機構から支払われる仕組みです。事業主は掛金を拠出するだけでそれ以外の費用負担はなく、運用リスクも負う必要はありません。掛金の損金算入も可能です。
また、新規に中退共に加入すると、掛金月額の1/2(従業員1人あたり5,000円まで)を加入後4ヶ月から1年間国が助成します。

中退共に加入できるのは従業員だけで、役員の加入はできません。また、懲戒解雇などの場合、申し出によって退職金の減額などはできますが、減額分が事業主に返納されない点に注意が必要です。

特定退職金共済制度(特退共)

特定退職金共済(特退共)とは、商工会議所や商工会などの「特定退職金共済団体」が実施している退職金制度です。中小企業退職金共済は国が運営する制度ですが、特退共は地域の商工会などが運営しています。

制度の仕組みは中退共に似ていますが、加入条件に従業員数などの制限はありません。また、中退共で受けられる国の掛金助成は、特退共にはありません。

自社に合う退職金制度を選ぶ5つのポイント

ポイント

退職金制度には複数の選択肢があり、長く運営していくには自社に合った制度の選択はとても大切です。退職金制度を導入する際に、どのような基準で選んだらよいでしょうか。

1.自社で無理なく運営していけるか

自社の退職金制度を選ぶうえで、無理なく運営をしていけるかは非常に重要なポイントです。一度導入した退職金を廃止するのはよほどのことがないかぎり難しく、事業主は決められた退職金を支払わなければなりません。

退職金制度を検討するタイミングでは、業績が良好な場合が多いでしょう。そのタイミングを基準に支給額などを決めてしまうと、不況や業績悪化時に退職金制度が足かせになりかねません。導入した退職金は長く安定した運営を続けなければならないため、企業規模や財務に合った制度を選択しましょう。

2.求める退職金の水準が確保できるか

退職金制度を導入する場合、自社が求める水準の退職金が確保できるかの検討が必要です。企業型DCや中退共には掛金の上限があり、1つの制度だけでは自社が想定する退職金の給付額を準備できない可能性があります。
その場合、別の制度の採用、または複数の制度を併用するなどの対策が必要です。支給基準となるモデル退職金を策定し、どの制度で準備するかをよく考えましょう。

3.積立金を損金算入できるか

退職金の積立てに拠出する資金を損金にできるかどうかは、制度導入において重要な事項です。積立が問題なく続けられる優良企業の場合、退職金積立の福利厚生費が損金算入されることは大きなメリットです。
退職金のための拠出金で利益を圧縮したい企業は、拠出金が損金算入できる制度を導入しましょう。節税ニーズがそれほど大きくない企業であれば、損金算入できない制度でも問題ないでしょう。

4.従業員にとって魅力ある退職金制度か

退職金制度を人材確保の目的で活用したい場合、従業員にとって魅力ある制度であるかを考える必要があります。先述したとおり、全体の約80%の企業が退職金制度を導入しており、「退職金制度がある」だけでは差別化にはつながりません。

「在職中の貢献が退職金額に反映される」「約束された退職金を必ず受け取れる」などのアピールポイントがあり、なおかつ自社でも提供できる退職金制度を考えましょう。

5.役員の退職金準備にも活用できるか

退職金制度を導入する際に、従業員だけでなく役員退職金準備にも活用できるかを確認しましょう。役員と従業員の退職金制度は別のものですが、同じ制度で資金準備をできれば合理的です。従業員の退職金制度で役員退職金が準備できなくても問題にはなりませんが、可能であれば活用するとよいでしょう。

退職金制度導入の手順

手順

最後に退職金制度の導入や改訂に必要な作業や手続きについて、流れに沿って解説します。

  1. 現状分析・目的の明確化
  2. 制度の基本設計
  3. 各退職金制度の比較検討
  4. 退職金規程作成
  5. 従業員への説明
  6. 制度導入

1.現状分析・目的の明確化

最初に、自社の現状分析を行います。既に退職金制度を導入している会社は退職金規定や企業年金の規約などを確認します。現行制度での全従業員の現時点での退職金を試算し、一覧表にします。

これから導入しようとしている会社は給与や退職金以外の福利厚生についてまとめてみましょう。

退職金制度を導入または改変する場合、目的を明確化します。退職金制度は企業にとってリスクもあるため、目的を達成できる見込みが薄ければ見送る勇気も必要です。

2.制度の基本設計

導入する退職金のモデルを複数パターン作成します。退職金のモデルは入社後順調に出世して定年になるケースなどのキャリアパスを複数パターン作り、パターンごとの退職金額を設定します。
基本設計段階で会社の将来の退職金負担のシミュレーションもしておきましょう。同時に複数人が退職するケースなど、退職金に関するリスクを想定しておくことも重要です。

3.退職金制度の比較検討

キャリアパスごとの退職金の給付水準が決まったら、採用する退職金制度を比較します。退職金制度にはそれぞれメリットもデメリットもあるので、複数の制度の組み合わせも選択肢となります。

たとえば、企業型確定拠出年金をベースにして、中途退職にも対応できるように一部を退職一時金でまかなうような制度設計も可能です。

企業年金を導入する場合、業務を委託する金融機関の選定も行います。

4.退職金規定作成

導入する退職金制度が決まったら、退職金規定を作成します。定額制のような簡単な退職金制度であれば、雛形を利用して自社で作成してもよいでしょう。しかし、計算用のテーブルなどを間違いなく作成するには、社会保険労務士に依頼したほうが無難です。

退職金規定には死亡退職金に関するルールも記載します。

5.従業員への説明

退職金制度を導入するにあたっては、労使合意が必要です。労使合意とは、労働組合があれば組合との合意、なければ労働者の過半数を代表する労働者代表の同意です。さらに、導入する退職金制度についての従業員全員への説明会も実施します。

既存の退職金制度を改定する場合も労使合意は必要です。従業員にとって不利になる部分があれば、その点についても説明します。

6.制度導入

労使合意が取れたら、実際に制度の運用を始めます。従業員数10人以上の企業は就業規則を変更する場合、労働基準監督署への届け出が義務になっています。

まとめ:自社に合う退職金制度を導入しましょう

退職金制度は人材確保などにプラスの影響が期待できますが、一度導入すると廃止が難しいリスクのある制度です。退職金制度のメリットを活かし、長く続けていくには事前の十分な検討が欠かせません。導入する場合、目的や自社の状況を踏まえ、最適な制度を選択できるようにしましょう。

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執筆者
松田聡子
ファイナンシャルプランナー
明治大学法学部卒業後、証券システムのITエンジニア、国内生保の法人コンサルティング営業を経て2007年よりファイナンシャル・プランナーとして独立。コンサルティングのほか、主な活動は企業型確定拠出年金導入企業へのセミナー講師、マネーサイトへの執筆など。年金・資産運用・保険などに精通、iDeCoやNISAなどの制度を活用した人生100年時代の資産形成をアドバイスしている。